アロマリタイア~36歳独身1000万からのセミリタイア道中記~

36歳独身、1000万セミリタイア準備中でございます。

セミリタイアをする理由1~得られるモノと差し出しているモノのバランス~

どうもアロマリアです。

今回からセミリタイアに踏み切った理由の詳細を

記事ごとに書いていこうかなと思います。

これはその1回目。

 

 

タイトルにあるように

「得るモノと差し出しているモノのバランス」

が自分がセミリタイアする理由の一つです。

バランスが合ってない、と自分の価値観では感じてしまったんですね。

 

労働で得られるモノ

 みなさんも同じですが、労働をすることで得るモノって何でしょうか。

  • 毎月の給料、賞与(ボーナス)
  • 福利厚生(社会保険、厚生年金、交通費、施設利用等の厚遇etc)
  • その仕事が要求するスキル(資格、現場経験など)
  • 人脈や職場の人間関係
  • サラリーマンとしてのノウハウ(マナーや身だしなみ)

 

ざっくりこの辺りだと思います。

まあ何よりも金銭、資産関係ですよね。

就活ではやりがいとか社会貢献とか美辞麗句が並べられることもありますが、

大前提として金銭がなければ始まりません。

 

労働に差し出しているモノ

 逆に、労働で得られるモノのために差し出しているモノ(≒発生するモノ)とは何でしょうか。

  • 契約によって固定された時間帯の時間(寿命)
  • 残業や休日出勤等、契約外の時間(寿命)
  • 時間内での決められた成果物の作成、ノルマの確約
  • 時間外での暗黙でのスキルの構築(資格試験など)
  • 労働関連のストレス(人間関係含む)
  • 健康(過食、酒、タバコ、エナジードリンクetc)

 

こんなところだろうと思います。

多分働いている人なら思い当たる部分があるのではないでしょうか。

「ちょっと待って、健康はストレス由来だから項目分けるのは変じゃない?」

とは思うかもしれませんが、日本のサラリーマン達を見れば、

日々の労働を成立させるためにこれらを消費し、依存してしまっている側面がある事は否定できないと思います。

 

 ちなみにアロマリアは酒、タバコ、エナジードリンクは全く摂取していません。

ただコーヒーは毎日飲んでいます。

休職してから節約のために缶コーヒーから業務スーパーの格安コーヒー粉に変えましたが。

 

※コーヒー自体はカフェイン依存症のトリガーになりやすいため、項目書こうか悩みましたが、酒と比べると健康寄与の側面も多いため、今回↑には書いておりません。

 

価値観との照らし合わせ(アロマリアの場合)

 上記のような「得られるモノ」「差し出しているモノ」を比べて

今の労働に納得できなくなった、というのが自分がセミリタイアをする理由です。

 

上には書きませんでしたが、自分が差し出しているモノがもう一つあります。

それは

  • 「結婚~子育てという人生のイベントの放棄」

です。

~~~~~ここから少し脱線します~~~~~~

 

 自分は労働によって、相当なストレスを抱えることになりました。

「~までに成果物を仕上げないといけない(完成できるかが不透明)」

「成果物の課題が残っていることで、常にそのことが休日込みで頭をよぎる」

「休日はあるが、そのことが気になって休日にならない」

これは個々の性格などにもよりますが、自分はこういうことを感じながら日々仕事をしていました。

 

 自分は独り暮らしで、

最後には休日は最低限の家事以外は何もできない、何もする気が起きない状態になりました。

 

 そんな精神状態になる人間が将来の伴侶を探すなど、相手に負担を強いる目的以外の何物でもありません。

傲慢にもほどがあります。

 

別に最初からこういう価値観だったわけではない

 自分は独りが好きな側面もありますが、

社会人になって数年間は自分にも以前から付き合っていた彼女(遠距離)がいて、

そのまま行けば結婚(出産は相手が嫌がっていたので、ないと考えていた)までは

いっていたと思います。

 

 しかし、当時の仕事の過労働により何かに依存せずにはいられないほどの精神状態になりました。

こういう時の依存先としては、

酒、タバコ、風俗、過食、ゲーム、散財

などがありますが、自分は過食とゲームだったと思います。

 

 それらに依存した結果、1年ぐらいで彼女からは見限られ、別れを告げられました。

遠距離だったこともあり、すんなり終わりを迎えました。

ショックも少なかったと思います。

ただ、これによって自分の中で「結婚」以後への生き方は諦観に変わってしまいました。

 

誰かを求め続けた半生の結末

 自分はこの時以前の人生では決して独りで生きていくことを望んでいたわけではなく、むしろ逆でした。

思春期前後から幾度も恋愛関係を求めて、実際に告白などの行動にも移していました。

実際、2桁近くまでは人と付き合う経験もし、同棲などもしたことがあります。

まあ、学生自体の話ですし、今思えばおままごともいいところですけどね。

でも、人と付き合う度に「この人とこのまま付き合って結婚できたらなあ」とは必ず思っていました。そういう希望を毎回抱いてきた、とも言えます。

 

そしてそれらは大半が相手から見限られて終わりました。

 

 

もちろん、その時その時で自分が子供だったという面はありました。

では、学生から付き合って結婚したケースを自分の周りで沢山見てきましたが、彼ら彼女らの人間は全員、申し分なく大人だったというのでしょうか?そうは思えません。

 

自分には「たまたま運が良かった」としか感じられません、申し訳ないですが。

 

「次は上手く行くかもしれない?」

今更そんな運に身を任せることはできないし、失敗した場合のリスクが大きすぎる。

更に、自分の来歴から言って、見限られるリスクも他の人より高いと思ってます。

 

自分なりの結論

結婚は、今の日本式労働を続けなら上で絶対にしない(できない)と感じています。

それはある意味「労働に差し出しているモノ」の一つと捉えています。

 

長くなりましたが、これらを差し出した上で労働で得られるモノとつり合いが取れているか、となった時に納得が出来なくなったんですよね。

 

単純に労働が嫌いで、自由な時間に価値を置いているというのもありますが、

それはまた別の記事で語ろうと思います。

 

あなたはどうですか?

長々と書いてしましましたが、

セミリタイアをしたい、しようか悩んでいる人達へ。

仕事に疲れ、人間関係に疲れ、普通というものに疲れてしまった人達へ。

(特に近年増えた独身のサラリーマン達へ)

 

あなたは今の生活スタイルに満足していますか?

なんとなく日本のレールに乗っかることで自分の中にある欲求や不満を抑え込んでいませんか?

(正直、日本で生まれ育った場合、疑問に感じることすら難しい場合があります。それで自分が我慢すれば安定して生きていけますから)

 

一度、

「自分の価値観と労働そのものがマッチしているか」

向き合ってみることは意味があるのかもしれません。

 

正直、自分の書いた結婚~を抜きにしても、

寿命を大きく差し出していることには向き合うべきだと思っています。

更に言えば、ストレスや健康に関しても、寿命を縮めているので、

こっちでも実質寿命を差し出していることも忘れてはならない。

 

 

次の理由記事

aromaria-retire.hatenablog.com

 

 

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