アロマリアは自由になりたい

37歳独身が自由を求めて、あがく日々の記録

【感想】「彼女、お借りします」にハマっていた件

「懐かしい感情を思い出した」

 

どうも、アロです。

僕は基本的に作品は読み始めたり見始めると、殆どハマる傾向があります。

ただし、新しい事への腰は非常に重たい。

「傾向分かってるんだから、四の五の言わずに新しい作品に手を付ければいいのに」

と思うんですが、それでも腰は非常に重たい。

 

そんな中、年末年始に「彼女、お借りします」にかなりハマっていた件について。

どのぐらいハマっていたかと言うと

  1. アニメで見始める(2期まで)
  2. 続きをマンガで読む
  3. 感想や考察ブログをがっつり読む

というムーブをするぐらいには。

 

kanokari-official.com

ja.wikipedia.org

 

あらすじとかはここでは書きませんが、以下書くことは一部ストーリーを含むので

若干ネタバレ注意

気になったらブラウザバックして各自調べてみてください。

今回は僕が感じたことを淡々と描きます。

 

 

「心からの献身」という、現実では絶滅危惧種なフィクションに心が動く

この作品でもそうなのですが、

自分は「心からの献身」というものに弱いようです。

すぐ感動したり、泣いたりしてしまう。

恋愛、友情や家族愛などが起点となりやすい。

 

これは皆さん体験すると思うのですが、

学校から社会に出るにつれて「心からの献身」などというものは

実存の継続が非常に難しいもの、すなわち「ありそうでないもの」だと肌身で知るようになると思います。

  • 経済や人脈や権威などの利害関係
  • 人の利点や欠点などによる1次元で語れない評価
  • 労働・ノルマ・〆切などの逃げられない必達義務

こういった「現代を生きていく上で不可避な事象」を通じて、

僕たちは学生の頃には多少なりあった「(純粋に)誰かのために行動する」という気持ちを失います。

"それだけでは生きていけない"と言った方が正しいかもしれません。

 

よって、そういった「心からの献身」を味わおうとすると

本やアニメなどのフィクションぐらいしかないわけです。

 

しかし、前述のとおり社会に染まりきる前ならまだ存在しえた感情・行動のため、

どこか懐かしさのようなものも感じたりしました

(小学校~高校、ギリ大学ぐらいまでですかね、若いころほど存在できる)。

 

この作品、途中で主人公がヒロイン(およびその親族)のために

ヒロインが自主制作映画を作る展開があります。

その資金はクラウドファンディングで集めるところからスタートするのですが、

ここで僕は思うのです。

「自分だったら"他人のために"ここまでのことを始めて、やりきることができるか?」と。

社会に染まってしまった今の自分は絶対に無理ですね…。

 

でもそれを想い一つで奮起し、やり通そうする展開に、どうも心を動かされてしまう。

やはり純粋に人のために動けるってすごいことだと感じてしまう。

今の僕には絶対にできない。

※ここで「フィクションだからどうとでも書けるだろ」と言うのは無粋の極みです

 

こういった絶滅危惧種な感情・行動に、僕は心を動かされてしまうわけです。

「彼女、お借りします」もその作品の一つだったわけです。

く、悔しい…!!

 

主人公はクズなのか?

ネットでの感想を見ると、この作品の主人公、木ノ下和也は「クズである」「不快」

という記事を多々確認できます。

 

確かにアニメで見始めた序盤は「うわ…これはキツイ」とは思いました。

暴走、その場の勢いでの嘘、虚言などのオンパレード。

思わず「なぜこんな作品が人気に・・・?」と思った瞬間もありました。

 

でも後から振り返って考えると、

高校から大学に上がったぐらいの頃ってこんなもんじゃないですかね。

まあ確かに、嘘や虚言はどうかと思いますが、自分も清廉潔白に生きてきたなんて決して言えないし、逆にそんな人の方が少ないんじゃないでしょうか。

あと自分は社会性?みたいなものは高校までは殆どなく、大学で独り暮らしや人付き合いをしてようやく身に付け始められた感じだったので、余計にそう思うのかもしれません。

また、大学で出会った後輩たちもいいところあり欠点ありで、

全員が最初から人として出来ていた、なんてことは決してありませんでした。

自分含め、彼らも失敗しながら時間をかけて成長したと思います。

 

そういう点で見ていくと、木ノ下和也は序盤でついてしまった嘘が色々な部分や後々まで尾を引いているという感じで、

それ以外の普段の行動は別に大しておかしな部分は多くない。

集団では空気を読もうとしたり、他人の事を考えて配慮して行動したりすることが出来ている。

そういう意味では現実的な範囲内、等身大の人間なのかなと。

作品を一通り見て、それでも「主人公はクズ・不快」と一言で断じてしまうのは、なんというか狭量な気がしてならない。

「欠点一つあれば人としてアウト」「人生の汚点は決して許されない」みたいな風潮がなんというかやるせない。

 

そういう意味では、「リゼロ」の時も似たような感想を抱いた気がしますね。

「そんなに主人公ウザいか?もっとウザいやつ現実にゴロゴロいるんだが…」と。

 

あと和也の行動がところどころおかしいのも、恋愛感情によるものだと思えば普通にあり得るかなと。

あれほど人の判断・行動を狂わせる感情もなかなかないなと僕は思っています。

あれを体験している人間なら、その渦中でスマートに判断・行動できる人間ばかりじゃないと分かりそうな気もします、若ければ若いほどそう。

 

なので、僕個人の感想として木ノ下和也をヒロイン絡み抜きで評価するとすれば

「割と等身大の大学生」

だなって感じです。

 

そんなこんなでどっぷりハマってしまう(考察ブログのリンクあり)

とまあ、ストーリーそっちのけで感想主体でつらつら述べてしまいましたが、

そんなことを考えつつ、マンガとアニメと考察ブログとかを読んでいた年末年始でした。

 

ちなみに考察ブログですが、以下がおススメです。

最新巻まで全部読んでからこのブログに出会ったのですが、

ヒロイン視点の感情の推移とか、場面場面の心情とか

「なるほどなーー…」と、とても感心させられました。

ameblo.jp

 

 

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