どうもアロマリアです。
今日は自宅で数年使っていたホームベーカリーの液晶部分が壊れているのに気づき、
結構ショックを受けてました。
いつ破損したんだろう…いやホントに…。
尚、粗大ゴミに出すことに決めました。
修理費はバカにならないし、何よりセミリタイアで時間が余るんだから、
パン作りたいなら自分で生地はこねればいいってことに気付いたので。
さて、今日は
「正社員は労働にどれだけの時間(寿命)を奪われているか」
について書きたいと思います。
「なーに言ってんだ、その労働を対価にお賃金やら福利厚生の恩恵を得ているんだろうが、文句を言うんじゃないよ」
と言う方はいると思います。
ただ、ここに一つの疑問が存在します。
「その労働に使った時間はあなたの寿命から支払われている。
つまりあなたの寿命は時給換算で時給XX円で労働に消費されていますが、
あなたはその事をきちんと認識して、納得して今の労働をしていますか?」
ということ。
そこに向き合ったことはあるでしょうか?
僕は10人が10人、このことを認識しているとは思えません。
「日本の敷かれたレールに沿って生きていたら、何か気付いたら正社員&アルバイトしており、何年何十年と経過していた」
なんてことはザラだと思います。
今回の記事は、そういった日常に対する疑問の投げかけと、
ざっくりとした計算を行います。
まず、僕の中での「労働時間」とは
「現状の労働義務があるため、有無を言わさずしなければならない行為の時間」
と定義しています。
要するに、通勤やそれにかかる準備も労働としています。
一般に言われる労働時間は8時間ですが、法定での休憩時間が45分となるため、これも加えます。
労働が存在していなければ休憩時間もないですからね。
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今回は僕が考える一般的な正社員のモデルケースで計算します。
- 労働時間:8時間
- 休憩時間:45分
- 通勤時間:片道1時間として、往復で計2時間
- 通勤準備時間:30分
- 帰宅後の諸々作業:15分
→ 合計:12:30
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平日視点だと、最低限5割強の時間を日々労働に費やしているわけです。
この他にも、
- 残業
- 飲み会
- 出張
- 休日出勤
- 会社の催し物
etc....
これらを加味すれば、休日を込みだと考えても
というよりも休日すら、平日のための回復時間にあてていませんか?
だとすればそれも労働時間にカウントしてもいいと思います。
そう考えた場合、人生の半分、
いえ言い方を変えましょうか。
寿命の半分は労働に捧げていることになります。
これ以外に忘れてはならないものがあります。
そう、労働によるストレスです。
ストレスを「労働内外で解消すればプラマイゼロにできるもの」と思っていませんか?
僕はそうは思いません。
自覚症状はなくとも溜めた時点で確実に寿命を削っていると思っています。
それは単純なストレスによる体へのダメージだけではなく
・暴食による肥満
・ストレス由来で発生した病気(胃潰瘍など)
・うつ病によって発生する症状の時間やその闘病時間
のような副次的なダメージとしても寿命を削っています。
減ってしまった寿命の正確な量は知ることはできませんが、労働をしなかったら存在していた寿命は少なくとも今よりももっと長かったと思います。
つまり、あなたは寿命視点で言えば、少なくとも半分以上を労働に捧げていることになります。
ざっくり見積もって6~7割ぐらいは捧げているんじゃないでしょうか。
それによって得ている対価が、今あなたがもらっている給料・年収です。
あなたはその事実をきちんと認識していますか?
労働に捧げている寿命とその対価に納得できてますか?
僕はどこかで認識していたその事実に向き合ったとき、納得できませんでした。
元々働くこと自体が嫌いなのも一因でしょう。
転職しても、上記の状態は変わらない。
故に今セミリタイアの準備を進めています。
セミリタイアしても、結局は働くことにはなります。
ですが、それは正社員よりもはるかに自分で選んだ時間・労働負荷で行うことができます。
なにより、コンディション次第でいつでもやめることができる時点で、労働よりもストレス回避が容易になります。
受けるストレスを回避・軽減できる選択肢が自身にあること、僕はこれを非常に重要視しています。
今日はそんな話でした。